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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)67号 判決

原告

朝木明代

右訴訟代理人弁護士

山岸洋

被告

東村山市

右代表者市長

市川一男

被告

遠藤正之

木村芳彦

被告ら訴訟代理人弁護士

奥川貴弥

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告東村山市、被告遠藤正之及び被告木村芳彦は各自、原告に対し、主位的に原告の名誉を毀損したことに基づき、予備的に原告の著作者人格権を侵害したことに基づき、それぞれ、金二〇〇万円及びこれに対する平成四年四月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東村山市は、主位的に原告の名誉を毀損したことに基づき、予備的に原告の著作者人格権を侵害したことに基づき、それぞれ東村山市議会平成三年一二月定例会会議録副本を回収し、別紙一削除箇所一覧表記載の削除箇所六一箇所について、同表の「削除された文言」欄に記載の文字をその各箇所に記入したうえ別紙二記載の謝罪文を貼付すること及び同市議会が発行する「市議会だより」に別紙二記載の謝罪文を掲載することをそれぞれせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は東村山市議会議員であり、被告遠藤正之(以下「被告遠藤」という)は同市議会議長、被告木村芳彦(以下「被告木村」という)は、副議長である。

2  被告遠藤らの発言取消命令及び会議録副本削除行為

(1) 原告は、平成三年の東村山市議会一二月定例会の九日の本会議において、東村山市長が雑木林を「指定緑地」として指定し、その所有者の固定資産税を全額免除した件等に関し発言し、その際、免除対象固定資産の所有者を「市川市長」や「遠藤議長」というように表現していたところ、被告木村は、翌一〇日の本会議において、被告遠藤を代理し、議長として、原告の右発言には、個人名等が挙げられ、プライバシーの侵害の可能性を含む個所があり、その部分は地方自治法(以下「法」という。)一三二条に反するとの理由により、原告に対し、右発言の取消を命令した。

(2) 原告は、右定例会の一六日の本会議において、農地としての肥培管理(耕作)がされていないのに、旧生産緑地法に基づく第一種生産緑地の指定を受けていることを理由に固定資産税の課税を軽減している件等に関し発言し、その際、右指定を受けている農地の所有者が「市長」個人であること等を述べたところ、被告遠藤は、翌一七日の本会議において、議長として、原告の右発言には、不穏当な個所及び個人名等が挙げられ、プライバシーの侵害の可能性を含む箇所があり、その部分は法一三二条に反するとの理由により、原告に対し、右発言の取消を命令した。

(3) 原告は、右定例会の一九日の本会議において、下水道の工事負担金や固定資産税の免除の優遇を受けている個人立幼稚園に関する件等に関し発言し、その際、右負担金の減免を受けていると考えられる幼稚園の名称を特定して挙げるなどしたところ、被告遠藤は、翌二〇日の本会議において、議長として、原告の右発言につき、これまで二度にわたり原告に対し法一三二条に反する用語を使用しないように注意してきたが、また同じ用語を使用したから、今までと同様の扱いとするとの理由により、原告に対し、右発言の取消を命令した。

(4) 被告遠藤は、議長として、右定例会終了後、翌平成四年三月四日までに右定例会の会議録原本を作成し、同日以降これに基づいて会議録副本を作成した。被告市の担当者は、予算措置をとったうえ、右副本一一五部を印刷作成して、そのうち一〇〇部を別紙三記載の配付先に配付し、配付先中東村山市立図書館四館及び国立国会図書館は、これを一般市民に公開し、閲覧の用に供している。ところが、被告遠藤は、右副本作成の際、右会議録中原告の右(1)ないし(3)記載の発言部分のうち別紙二記載のとおり特定の公職名や施設名等を挙げた合計六一個所を削除し、この削除した部分を空白としたため、右配付された会議録副本はいずれも、原告の発言個所に右空白部分を残したままとなっている。

3  被告遠藤らの発言取消命令及び会議録副本削除行為の違法性

(1) 原告の右発言には、なんら法一三二条に反する点はない。右発言は、東村山市の市長やその後援会長、被告遠藤らが固定資産税の減免措置等を受けている点について、その是非と市長ら公人の姿勢を問うた質疑応答事項であって、地方税徴収の公平な実施という市財政の基本に関わり、地方議会における政治的言論の対象となるべきことは明らかである。右のような質疑事項にあっては、市長や被告遠藤その他関係者の氏名等の固有名詞は、具体的に明示されなければ無意味であって、これらはいずれも公共的利害に関わり、質疑において右氏名等に言及することは市議会議員の市議会における政治的言論として当然保障されるべく、このような質疑が市長その他個人のプライバシーを侵害するような余地はない。被告遠藤らのした発言取消命令は、このような政治的言論を、プライバシー侵害の可能性があるというようなあいまいな、根拠のない理由をもって制約したもので、法一二九条の要件に該当しない発言を対象としたものとして違法である。

(2) 地方議会の会議録副本は、一般市民が市議会の審議を知る手段であり、市議会議員にとってもその具体的活動を市民に伝達する手段である。このような会議録副本の機能と、市議会議員の議会における発言自由の原則に鑑みれば、会議録副本に記載された事項のうち削除できるのは、公表する価値のないような他人に対する無礼な言行等に限られるものと解すべきである。被告遠藤のした会議録副本削除行為は、右(1)のとおり政治的言論として当然保障されるべき発言のうち、市長等関係者の氏名等に言及した部分について、これがなんら削除の必要がなく、削除すべきではないのに、議長のもつ会議録調整権を濫用して、事実を隠蔽する目的で、恣意的に削除したもので、法一二三条に適合しないものとして違法である。

(3) 本件においては、被告遠藤及び同木村の行った右各行為が原告の名誉権という私権を侵害したかどうか、民法上の不法行為が成立するかどうかが問題とされているのであって、これは地方議会の内部規律の問題ではないから、司法審査の及ぶ事項である。

4  被告遠藤らの行為によって原告の被った損害及びその回復方法等

(1) 主位的請求

ア 原告は、市議会定例会における被告遠藤又は同木村の三回にわたる前記違法な発言取消命令によって、右定例会に出席していた同市会議員及び傍聴人に、違法な発言を行い、或いはそのような発言を繰り返し行った議員であるという虚偽の印象をもたれることとなり、市議会議員としての名誉及び社会的信用を著しく毀損された。

イ 原告は、被告遠藤及び同被告を介した被告木村による本件会議録副本削除行為及び被告市によるその印刷、配付行為によって、会議録副本を読む一般市民から、原告が議会において違法な発言を多数回繰り返したことによって発言部分を削除されたという誤った判断を受けかねない状態となり、市議会議員としての名誉及び社会的信用を著しく毀損された。

ウ 右ア及びイの名誉等毀損によって原告が受けた精神的損害を慰謝するには金二〇〇万円の支払いを受けるのをもって相当とし、原告の名誉を回復するのに適当な処分としては、被告市をして右会議録副本を回収させ、その全ての削除箇所につき、削除した発言を追加記入させたうえ、別紙二記載の謝罪文を貼付させること並びに東村山市議会が発行する「市議会だより」に、右謝罪文を掲載させることをもって相当とする。

(2) 予備的請求

ア 原告の市議会定例会における議員としての発言は、著作権法四〇条にいう「政治上の演説又は陳述」であり、同法一〇条一項一号の「小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物」として、著作権法上の著作物に当たるから、原告は、右発言について同法二〇条一項の定める著作者人格権としての同一性保持権を有する。

イ 被告遠藤は、同被告及び被告木村のした前記発言取消命令に基づいて、本件会議録副本から原告の発言部分を改変し、被告木村は同遠藤をして、右命令を発して被告遠藤をして右改変をさせ、もって、それぞれ原告の著作者人格権を侵害した。

ウ 右イの著作者人格権の侵害によって原告が受けた損害は、金二〇〇万円を下回らず、訂正その他著作者の名誉若しくは声望を回復するための適当な措置としては、被告市をして右会議録副本を回収させ、その全ての削除箇所につき、削除した発言を追加記入させたうえ、別紙二記載の謝罪文を貼付させること並びに東村山市議会が発行する「市議会だより」に、右謝罪文を掲載させることが相当である。

5  被告らの責任

(1) 違法な発言取消命令によって生じた損害についての責任

ア 被告市の公権力の行使に当たる議会の議長である被告遠藤及びその代理である被告木村がその職務を行うについて、原告の市議会における前記発言に何ら違法な点のないことを知り、又は重大な過失によりこれを知らないで、前記違法な発言取消命令を行い、もって、原告に損害を与えたものであるから、被告市は、国家賠償法一条により、その損害を賠償する責任がある。

イ 被告遠藤及び同木村は、故意または重大な過失により、右違法な発言取消命令を行い、もって、原告に損害を与えたものであるから、民法七〇九条により、その損害を賠償する責任がある。

(2) 違法な会議録削除によって生じた損害についての責任

ア 被告市の公権力に当たる議会の議長である被告遠藤が、自ら及びその代理である被告木村の違法な発言取消命令に基づき、原告の市議会における前記発言に何ら違法な点のないことを知り、又は重大な過失によりこれを知らないで、違法に本件会議録副本の原告の発言を記載した部分のうち一部を削除し、もって、原告に対し主位的に名誉毀損による、予備的に著作者人格権侵害による各損害を与えたものであり、被告市自らも、その担当者をして、故意又は過失により、右違法な削除のされた会議録副本を一般に配付させ、もって、原告に右各損害を与えたものであるから、被告市は、国家賠償法一条により、その損害を賠償する責任がある。

イ 被告遠藤は、自ら、故意または重大な過失により、違法に本件会議録副本の原告の発言を記載した部分のうち一部を削除し、被告木村は、その発した発言取消命令により、故意または重大な過失により、被告遠藤をして、違法に本件会議録副本の原告の発言を記載した部分のうち一部を削除させ、もって、それぞれ原告に対し主位的に名誉毀損による、予備的に著作者人格権侵害による各損害を与えたものであるから、民法七〇九条により、その各損害を賠償する責任がある。

ウ 被告市は、右アのとおり、その機関である市議会議長をして違法に会議録副本の原告発言部分の一部を削除させ、又はその担当者によって、右違法な削除のされた会議録副本を一般に配付させて主位的に原告の名誉を毀損し、予備的にその著作者人格権を侵害したものであるから、主位的に国家賠償法四条、民法七二三条により、その名誉を回復するのに適当な処分をする責任があり、予備的に国家賠償法五条、著作権法一一五条により、訂正その他著作者の名誉若しくは声望を回復するための適当な措置をとる責任がある。

6  結論

よって、原告は、

(1) 主位的に、

ア 被告市に対し、右5(1)アの責任及び(2)アの主位的請求に係る責任に基づき、被告遠藤及び同木村に対し、右5(1)イの責任及び(2)イの主位的請求に係る責任に基づき、連帯して、右4(1)ウの精神的損害に対する慰謝料金二〇〇万円及びこれに対する違法又は不法な行為の後である平成四年四月二六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の原告への支払いを求め、

イ 被告市に対し、右5(2)ウの主位的請求に係る責任に基づき、右4(1)ウの原告の名誉を回復するのに適当な処分として、右会議録副本を回収し、その全ての削除箇所につき、削除した発言を追加記入したうえ、別紙二記載の謝罪文を貼付すること及び東村山市議会が発行する「市議会だより」に、右謝罪文を掲載することを求め、

(2) 予備的に、

ア 被告市に対し、右5(2)アの予備的請求に係る責任に基づき、被告遠藤及び同木村に対し、右5(2)イの予備的請求に係る責任に基づき、連帯して、右4(2)ウの著作権侵害に対する損害金二〇〇万円及びこれに対する侵害行為の後である平成四年四月二六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の原告への支払いを求め、

イ 被告市に対し、右5(2)ウの予備的請求に係る責任に基づき、右4(2)ウの訂正その他著作者の名誉若しくは声望を回復するための適当な措置として、右会議録副本を回収し、その全ての削除箇所につき、削除した発言を追加記入したうえ、別紙二記載の謝罪文を貼付すること及び東村山市議会が発行する「市議会だより」に、右謝罪文を掲載することを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(1)の事実は認める。平成三年一二月一〇日常設の議長(副議長)の諮問機関である東村山市議会運営委員協議会(会派構成は、自民党四、公明党二、共産、社会及び二人以下の四会派から各一の九名の外に議長及び副議長である。)が開かれ、前日の本会議における原告の発言が問題となり、プライバシー侵害の可能性のある部分の取消を命じるべきだとの答申が被告木村にされたので、同被告は右答申をうけて、同月一〇日副議長として、右発言部分を、議会の議決(賛成者挙手多数)を経て取り消す旨命令し、会議録副本の該当部分の取消を決定した。

3  同2(2)の事実は認める。原告の同月一六日の本会議における発言について、同日開かれた右協議会で右同様の答申が被告遠藤にされたので、同被告は右答申をうけて、同月一七日議長として議会の議決を経て右同様の決定をした。

4  同2(3)の事実は認める。原告の同月一九日の本会議における発言について、同日開かれた右協議会で右同様の答申が被告遠藤にされたので、同被告は右答申をうけて、同月二〇日議長として議会の議決を経て右同様の決定をした。

5  同2(4)の事実中会議録副本の作成及び配付をした者、副本の部数及び配付先中国立国会図書館が副本を一般に公開したとの点を除き、その余は認める。右作成及び配付をした者は、東村山市議会の担当者であって、部数は一一〇部であり、国立国会図書館が本件会議録副本を一般に公開していることは知らない。右各発言取消命令の約一ヵ月後に速記録が完成し、右協議会が開かれ、被告木村又は同遠藤は、具体的にどの部分を取り消すかの答申を受け、同副本から取り消すべき部分を決定した。

6  同3の主張は争う。原告が主張する被告らの行為は、いずれも地方議会の自律権の範囲内にあるので、本件は議会の自治的措置に任されるべく、被告らの権限行使が著しい濫用に当たる場合のみ行為が違法となることがありうるものであるが、本件の場合は、これに該当しない。また、発言取消命令の対象となった部分は、市長、偽装農地、精心(幼稚園名)、都議の夫、市長の次男、遠藤正之等である。原告の発言は、特定の個人としての右の者らが何か悪いことをしたような印象を与えかねないので、これをプライバシー侵害の可能性がある等として取消を命令するのはやむを得ず、違法性がない。更に、議会としては、発行する議事録副本が個人の名誉を少しでも侵害することのないように配慮するのが当然であり、本件の削除は、その見地から、原告の発言中の一部を副本に掲載することが妥当でないと議会及び議長(副議長)が考え、議長(副議長)の裁量の範囲でされたもので、右裁量権の行使が違法とはいえない。

7  同4(1)の主張は争う。会議録副本の発言が一部削除されても、会議録原本は削除されない。一般市民は、会議録原本の閲覧をすることが可能であるから、原告の発言内容を知ることができる。したがって、原告の利益侵害の程度は希薄であって、精神的苦痛を受けるものではない。また、原告の発言の一部を会議録副本から削除されても、特に原告の社会的評価を低下させることにはならない。原告が、右削除によって、議会や市の保守性を批判し、抵抗する人物であるとして評価されることとなる可能性もある。

8  同4(2)の主張は争う。市議会における議員の発言は、著作物に該当しない。

9  同5の主張は争う。公務員がその職務に関連して行った不法行為について、被害者に対し個人として責任を負うものではない。原告が、被告遠藤及び同木村の違法行為が公務と関係のない個人としての行為であると主張するのであれば、被告市に責任を問うことはできない。また、地方議会は、執行機関と独立対等の関係に立ち、被告市は、議会の行為や議員の議会における活動に対して干渉する権限を有しないから、議会の発行する会議録副本の回収、これへの追加記入や謝罪文の貼付をすることはできないし、他人である東村山市議会議長名義の謝罪文も出すことはできない。市議会だよりも議会の権限に基づき発行されるものであるから、被告市が謝罪文を掲載することはできない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者間に争いのない事実

請求原因1の事実、同2(1)ないし(3)の事実並びに同2(4)のうち被告遠藤が議長として、右定例会終了後、翌平成四年三月四日までに右定例会の会議録原本を作成し、同日以降これに基づいて会議録副本を作成したこと、右副本は印刷され、一〇〇部が別紙三記載の配付先に配付し、配付先中東村山市立図書館四館がこれを一般市民に公開し、閲覧の用に供していること及び被告遠藤が、右副本作成の際、右会議録中原告の請求原因2(1)ないし(3)記載の発言部分のうち別紙二記載のとおり特定の公職名や施設名等を挙げた合計六一個所を削除し、この削除した部分を空白としたため、右配付された会議録副本はいずれも、原告の発言個所に右空白部分を残したままとなっていることは当事者間に争いがない。

二被告遠藤らの発言取消命令について

1 法において、普通地方公共団体の議会は、法や会議規則等の自律的な法規範によって運営すべきものとされており、その運営方法等に関して発生する紛争についても、右の法規範に則って議会が自ら解決すべきものとするのが法の趣旨であると解されるから、そのような事項については、裁判所は、原則として裁判手続においてその適法、違法を判断することを差し控えるべきであると考えられる。被告遠藤らの本件発言禁止命令は、東村山議会の定例会本会議において議長が、議場の秩序を保持し、議事を整理するという権限に基づき(法一〇四条)、法一二九条にいう議会の会議中法又は会議規則に違反し、その他議場の秩序を乱す議員があるとしてされたものと解されるから、そのような議長のとった措置が相当か否かといった事項は、右のとおり、その議会において法(法一三三条、一三四条等)や会議規則等の規範に則って自ら決すべきものであり、当裁判所において、その法適合性を判断すべきではない。

2 もっとも、議会の会議中における議長や議員の発言やそのとった措置によって、何人かが名誉毀損等の損害を被ったとの主張がされ、その主張によれば、それが民法上の不法行為と評価され得るものであるような場合には、その成否に関して司法審査を差し控えるべき理由はない。しかしながら、本件において、原告が主張するところは、要するに、議長によって発言取消命令を受けたが、それが違法であるから名誉を傷つけられたというに尽きるものであって、その趣旨は、原告の議員としての見解と異なる措置をとられたことが不服であるということを出るものではない。したがって、本件の発言取消命令は、右のような場合に当たらない。

三被告遠藤らの会議録副本削除について

1  原告は、本件の会議録副本削除によって、名誉を毀損されたと主張する。しかし、本件の会議録副本から削除されたのは、一部人名以外の固有名詞があるものの、大部分は人名ないし職名であって特定の人物を指すものであることが容易に判明するものであり、質問全体が削除されている訳ではなく、質問の文脈は充分読み取ることができる。したがって、この副本を見る者は、議長ないし多数の議員の見解によれば、原告の発言のうち特定の固有名詞ないし人名や職名について言及した部分がプライバシー侵害ないし不穏当発言という理由で削除相当とされた個所があったものと理解はするが、もとより、議長ないし多数の議員の見解がそのようなものであったからといって、原告の発言がプライバシー侵害ないし不穏当発言であることが客観的に確定するものではなく、それが真実そうであるかどうかは、この会議録副本の原告の質問の文脈から、これを読む者が各自の見識にしたがって判断する事柄であり、この副本の削除を免れた部分によれば優にその判断は可能というべきである。或いは議長らと同様に、原告の発言を不穏当と考える者もあろうし、原告同様原告の発言に何ら削除すべき点はなく、議長らの措置は不相当であると考える者もあろう。以上を要するに、本件の会議録副本の削除自体によっては、原告の議員としての地位や信用が低下することは考えられず、その名誉が侵害されたとみることはできないのである。

2  原告は、予備的に本件会議録副本の削除によって、著作者人格権を侵害されたと主張する。しかし、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいうのである(著作権法二条一項一号)。原告の本件会議録における発言は、事実関係についての質問ないしそれについての意見の表明の域を出ないものであって、著作物である政治上の演説又は陳述に当たるということはできない。

もっとも、原告のみならず、地方議会の議員は、議会における質疑の内容が、正確に会議録に記録されることについて、関心を持つのは当然であり、本件のようにその発言内容が無断で一部削除されることは、心外なことというべきであろう。しかし、会議録の調整は、議長の権限に属し(法一二三条一項)、右のような議員の議事録に自己の発言が正確に記載されるという利益は、法律上保護されたものとはいえないから、そのような措置について、議員は、司法手続による解決を図ることはできず、地方議会内部における自律的な手段によってのみ、対処すべきものというべきである。

四結論

以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官榮春彦 裁判官武田美和子)

別紙〈省略〉

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